気づかないホメられたい
どこのスーパーも、
人が多かったことだろう。
わたしも妻と買い物に行ったが、
いつもとは違うスーパーに行った。
ちょい用があって、
自宅から40分ほど離れたところ。
買うつもりはなかったのだが、
妻が店内を見ている間に、
お惣菜コーナーを見ていた。
すると、そこに1人の女性。
ん?
竹村先生じゃないか?
と思った。小学校の時の担任だ。
その時には、
彼女の年齢のことなど、
考えなかった。
わたしの記憶にあったのは、
よくホメてもらったこと。
小学校を卒業してから、
25年は経っている。
憶えてくれているだろうか?
声をかけたい衝動にかられた。
自分の子供のことを話したりして、
なんか、ホメられたい気分になっていた。
「あのー、竹村さんですか?」
と声をかけた。
その女性、不思議そうな顔をして、
「あ、違います」
と一言。ちょっと、オドオドした感じにも見えた。
わたしの人相が悪かったのか...笑。
ああ、違ったんだ。
考えてみれば、
彼女の見映えは、50歳くらい。
今の私は、39歳。
小学校の頃に、先生は、
中学生の子供もいたくらいだから、
少なくとも70歳にはなっているはずだ。
50歳くらいなわけがない。
そういうことに気づかなかった。
というよりも、何かしらホメられたい、
なんとなく甘えたいような気分に
なっていたんだろう。
クリスマスだったからか?
そういうホメられたい感情があったことに、
あとで自分で気づいたのだけれど、
その時には、ホメられたい思いに
心が占められいたから、
なんていうか、
先生であってほしい願望ばかりが強くて、
年齢のことなんて考えなかったもんなぁ。
わたしにも、そんな感情があったとは...
義理も何もなく、ストレートな心で
ホメてもらえそうな時、
人は素直に、ホメてもらいたいと
思えるのかもしれない。
子供の時にホメられた記憶には、
そんな印象が強く残っているのだろう。
大人になってからは、
そんなストレートなホメられ方が
少なくなるっていうことなのかな。
だから、ホメられることに、
知らず知らずのうちに、飢えてくる。
それに、考えてみれば、
学校の先生という存在。
たとえ、実際に出会ったとしても、
わたしのことを、憶えていてくれるとは限らない。
退職するまでに、
出会う子供たちの数は、
かなり多い。
そういうわけで、憶えていてくれなかった、
という事実に出会えば、私は、
さらに、 ショックを受けたかもしれない。
過去の人から、
今の自分を褒めてもらおうなんて、
甘い考えかもしれませんね。
過去は、過去です。
