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2008年12月21日

女装する女

女装する女という本が、
今売れ始めているようで、

女装する女?

と素朴な疑問をもった。

助走とか、
除草の間違いじゃないか、
とも思ったが、

どうやった、
そういう間違いじゃないらしく、

男化している女だから、
女装することを話題にできる、
ということらしい。

男化?

ヒゲが濃いとか、アタマの毛が薄いとか?

そこまでいってしまったら、
もう、女の魅力から遠ざかってしまいそうで、
かなり怖いが、

考え方や行動が
男化している女性だとすれば、
思い当たる顔も浮かんでくる。

本来は、男がもっている本能に近いものを
もっている女性。

なかでも、
建て前にこだわった
「ものの言い方」をする女性に対して、

私の場合は特に、
男っぽさ、男っぽい社会の臭いを感じてしまう。

せっかく、女性と面と向きあっていて、
そういう空気は感じたくないのに、
そういうもんだから、
ガックリ来てしまう。

「ああ、この人も、
 男社会に染まってしまったかぁ...」

そうなれば、たしかに、
女装する女、っていう言葉も、
ピッタリ来る。

この本はまだ読んでいないけれど、
女装する女がいれば、
男装する男もいるだろうなぁ。

どちらかというと、
男社会っぽいものを嫌う私は、
その「男装する男」かもね。

商業主義に利用されすぎて、
なりふりかまわなくなっている女性も、
女装する女の仲間かもね。

本当の女性を見ていたいものです。

2008年12月19日

重い荷物で新年スタート

2008年も、今日を含めて
あと12日となりました。

気持ちよく終わって、
希望をもって明るく新年を迎えたい、
こういう時期に、
日本国内では、キビシイ現実が
ニュースで知らされます。

こんな様子じゃ、
日本という国のパワーが
ダウンしているイメージを
もたれてもしょうがないことでしょうが、

それ以上に、
アメリカという国のパワーには
信頼がないような感じです。

どんどん、
円が高くなって、
どんどん、
ドルは安くなっている。

もう、1ドルで、
日本で売っている100円のものは
買えなくなりました。

90円のものも買えません。

88円とかそういうものしか買えません。

アメリカという国の大変さが、
感じられます。

来年になれば、
オバマ新大統領が誕生します。

ブッシュ大統領は、
とんでもない「置きみやげ」を
残していってくれるな、
という感じがします。

日本においても、
仮に、麻生首相が去って、
民主党の小沢代表が
総理大臣になったとしても、

スタートから、
とんでもない「重い荷物」
を負わされることになるでしょう。

でも、世の中、大変だ、大変だ、
っては言いたくありませんね。

「こんなことは、当たり前だ」

と言いながら、元気に生きていたい、
と思います。

問題が何もなくなることを
期待するから、疲れるのです。

当たり前だと思っていれば、
ささやかな幸せにも気づける。

元気に生きましょう。

2008年11月 7日

自分でやること

常日頃、
自分のことは、
自分でやりなさい、
と教えている父親が、

妻ばかりに、
何もかもお任せ状態であったら、
説得力も何もあったもんじゃない。

昨日、次女の通学用自転車が
パンクをしまして、まだ、
買って半年くらいなのですが、

長女の自転車は、
買って1年半も経っているのに、
1度もパンクをしたこともないことから、

「おまえの乗り方が乱暴なんだよ」

と、私から責められた次女でした。

自転車屋さんに、
パンク修理を頼もうか、
と自転車を載せて、
街をウロチョロしたのですが、
部活動帰りで、
夕方6時を過ぎているせいか、
どこも閉店している。

さて、困った...

初めてのことだが、
自分でやってみるか、
と思い立ち、

ホームセンターに行きました。

パンク修理キットなるものが、
存在することは以前から知っており、
それを、早速購入。198円。

帰ってきてみて、
空気は抜けたけれど、
タイヤが外せない。

はて?

こんな時に、インターネットは、
本当に便利です。

タイヤレバーというものがないと、
タイヤを外して、中のチューブが
取り出せないことを知りました。

またまた、ホームセンターへ。
タイヤレバー3本入りで、300円。

タイヤレバーを使うと、
あっという間に、タイヤが外れました。

あとは、インターネットと、パンク修理セットに
書かれている手順どおりに、シャカシャカと作業。

娘たちの卓球ラケットに、
ラバーというゴム製シートを貼る作業に、
どことなく似ているな、と思いながら、
30分ほどで仕事が終わりました。

自覚をもたせるために、
合計498円は、次女の小遣いから出させ、

なおかつ、私の作業料は、
今度の週末に、
チョコと、チョコパンをおごってもらうことで、
さらなる自覚を、身につけさせました。

これくらい、財布に響けば、
ちょっとは、自転車にやさしい運転を
することでしょう。

自転車屋さんに行けば、
800~1,000円はとられるパンク修理。

修理キットは、すでに買ったから、
またパンクをしても、
父親に300円もおごれば、
修理をしてもらえる。

安いもんでしょう。

自分でやる、自覚する、自己責任。

親も、そういう考え方で行動しないと、
子供にも、伝わらないでしょうね。

そんな気がしました。

2008年11月 4日

5億でも足りない

今朝のテレビ番組は、
小室哲哉さんの詐欺事件ニュースで、
報道が埋めつくされているかのよう...

大阪地検に連れて行かれる写真には、
一世を風靡した当時とは、
まったく別人かと思えるようなイメージさえ
感じられます。

5億円にものぼる詐欺事件。

普通の人であれば、
5億円も投資してもらえるようなことはない。

他人から5億も引き出せる才能すら、
感じてもらえないだろう。

小室さんだから出来たこと。

彼の才能というもので、
5億円を引き出せた。

けれど、その5億でも足りないほどの借金を
抱えてしまったから、5億円の詐欺なんてことが
必要になってくる。

5億でも足りない生活。
人には、そういう生活が
あるのだろうか。

もちろん、事業を始めようとしたら、
5億でも足りないことはありえるだろう。

それを借り出すためには、
普通は担保が必要だ。

彼にとっては、
その担保が彼の才能だったろうし、
その彼の才能で生まれた著作権とか
だったんだろう。

けれども...

うーん、彼の音楽を気に入って、
聴いていたことがあるだけに、

逮捕された今でも、
その音楽を否定しようとは思わないが、

「なんで、そういうことになってしまったんだろう」

と思ってしまう気持ちは、
ぬぐい切れない。

落ちぶれた、と思われたくない見栄?

彼が住んでいたマンションに、
事務所を構えていた会社と交流のあった時がある。

その会社の方いわく、
「パーティが開かれる時には、
 かなり騒がしくする人々だった。」と。

どこから、歯車が噛み合わなくなったのか。

彼と同じレベルの成功もないだろうし、
失敗もないだろうけど、
考えさせられる出来事には
違いありません。

2008年10月30日

飽きることの大切さ

飽きっぽいことは、
情けないことだと言われることが
多いのですが、

飽きることは大切だな、
って思います。

もし、人間に飽きることがなければ、
一度食べたものを気に入り、
気に入ったならずーっと食べ続ける。

面白いと思った小説家の小説を、
次々と読み続け、新しいものを
探そうとも思わない。

受験勉強とは言え、
何度も何度も復讐をしても、
飽きることもない。

ってな具合になるんじゃないでしょうか。

そんなことでは、
新しいものに好奇心が向けられることがない。

だから、新しいものも
生まれないことだろうなぁ、
って思います。

それじゃ、経済の活性化もないだろうし、
人間というもの、社会や科学技術の進化も
なくなることでしょうね。

「飽きる」という感覚は、
必要欠くべからざるものとして
与えられたものだと思われます。

飽きることっていうのは、
生きるうえで、とっても大切だ。

どんどん、飽きよう。
そして、どういうところで飽きたか、
どんな理由で飽きたか、
っていうのが分かれば、

何かしら生きることのヒントに
なるだろうなぁ。

ものをつくったり、
アイデア勝負の世界で
生きている人にとっては、
特に大切なことでしょう。

飽きる、を馬鹿にしちゃいけない。

2008年10月28日

頭の使い方がいい

頭はそれほどいいわけじゃなくても、
頭の使い方がいい人が、
頭のいい人をだますことはありえる。

その頭のいい人は、
頭の使い方がいいわけじゃないから、
そんなふうにだまされるんだろう。

なぜか?

頭のいい人は、
記憶がいいとか、理解がいいとか、
そういうことが得意なんだと思う。

一方、頭の使い方がいい人は、
頭がよくないと分かっているから、
少ない記憶と理解の中で、
どうしたらうまくいくかを
必死に、あるいは楽しく考えていたりする。

頭のいい人の中には、
どうしたらうまくいくかを
必死に考える必要がなかった、
という人が多いかもしれない。

だから、今知っていること、
今理解していることに縛られて、
そうこうしているうちに、
だまされてしまったりする。

頭がいい、その上、
頭の使い方もいい、となると、
まず、太刀打ちできないだろう。

頭がいいだけの人と、
頭の使い方がいいだけの人と、
どちらが手強いかと言えば、

やっぱり、実戦向きの
「頭の使い方がいい」方でしょうか。

人と付き合う時には、
そういう人には注意した方がいいですね。

頭がいいだけの人は、
ホメ殺しておけば、
無害になってしまうことも多いですから。

頭の使い方がいい人になりたい。
まるで、金儲けのうまい人になりたい、
みたいに聞こえるかもしれませんが、
たしかに、それに近いのかも...

2008年10月25日

100円、500円

ふと思う時があるんだけれど、
小さい頃に、

「この100円で何を買おうかな」

と思っていた感覚が、今は、

「この500円で何を買おうかな」

という感覚に変わっているなって。

今も昔も、
1円、5円じゃ、何も買えない、
っていうイメージはある。

でも、そっかぁ、
たしか、駄菓子で「5円チョコ」って、
穴の空いたチョコレートがあったな。

今は、見かけないかな。

って思って、調べてみたら、
あったよ、これ。

5円チョコ

まだ、発売しているようです。
チロルチョコ社にて。

でも、わが家の近くでは、見かけないなぁ...

そういえば、北京オリンピックで体操銀メダリストの内村選手の
好きなチョコ「ブラックサンダー」も、見かけたことがない。

売っているエリアと、売っていないエリアがあるんだろう。

って、話がそれてしまいましたが、
10円でも、10円ガムくらいしか買えないから、

やっぱり、子供の頃には、

「この100円で何を買おうかなか」

ってことになっていたと思う。

それが今は、500円というわけで、
わたしの場合の選択は、2つに分かれる。

共通しているのは、
間もなく、消えるもの。

1.食って、胃袋の中に消える
2.雑誌を買って、情報を得たら、捨てる

それなりに、うまいもんも食える。
500円の菓子パンとか、ケーキっていったら、
それ相当でしょう。

500円くらいの雑誌だって、それなりにある。

だいたい、雑誌は、500円を超えたら、
「雑」じゃなくて片足を「本」に突っ込んでいるんじゃないか、
と思うところがある。

大げさな発想だけど、
500円で作れない雑誌は、
ニーズが狭まっていたり、特化されたりして、
500円では成り立たないわけですから。

もちろん、それを1,000円にアップさせることも、
悪くないですが、世の中を知るためには、
500円がいいんじゃないかな、と思うんです。

500円の可能性も楽しみたいし...

今日は土曜日。
500円で何が出来るかな。

2008年10月19日

ポイしないでください

先週の名言というか、
迷言は、これじゃないだろうか。

「ポイしないでください」

「グラビア界の黒船」と称される女性の結婚発表にて。

日本語がそれほど上手ではないと言え、
結婚と妊娠を発表してからすぐ、
この言葉が出てくるあたりに、

ちょっと不思議な印象を感じた。

「ポイしないでください」

私は好きな人と結婚するけれど、
皆さんは、私のことを好きでいて!
捨てたらイヤだよ!

っていう、なんとなくわがままなリクエスト。

自分は誰でも好きになっていいのに、
他の人には、自分のことだけ好きでいてもらいたい?
っていうことかな。

仕事柄、独身でないと成り立たないものって
あるように思います。もしかしたら、
グラビア界っていう仕事もそれじゃないでしょうか。

だから、独身でなくなった瞬間に、
その仕事を辞めるか。

独身になる前に、うまい具合に、
別の路線に切り替えるのを成功させるか。

そうでないといけない気がします。

雑誌「anan」では、
キムタクが15年連続の「好きな男」に選ばれていたけれど、
彼は、結婚しているのに、そういう魅力を持っているってことでしょ。

別に、

「ポイしないでください」

という発言もなかったし、

「好きでいてくれ」

というリクエストもなかった。

自然に、15年好かれているということだろう。

そして、そういうポジションを築き上げている。
尊敬します。

芸能界やグラビア界という世界では、

「ポイしないでください」

という言葉は、きっとミスマッチ。

その願いは、ファンの皆さんの心に、
聞き届けられるんでしょうか。

今回は、面白ネタということで、
芸能ニュースに取り上げられたんでしょうけど...

2008年10月 7日

なりすまし

このサイトには、
いい言葉カードというものがあって、
お気に入りのいい言葉を、
自分宛て、もしくは友人宛てに、
送ることができるようになっています。
(映画「ペイ・フォワード」からヒントを得て作りました)

ただ、この機能は、
会員登録した人だけとか、
その他のややこしい制限などもなく、
「自分の名前」「自分のアドレス」「相手のアドレス」を
入れるだけ、場合によっては、「自分のメッセージ」を
付け加えるだけで、送ることができます。

となると、こういうことも出来るわけです。

嫌いな人のアドレスに対して、
存在しない人やアドレスになりすまして、
(あるいは、自分以外の誰かの名前、アドレスになりすまして)
説教や批判の言葉を送ることもできます。

そういう使い方をされる可能性は、
インターネットの性質上、いつもあるわけで、

このサイトのいい言葉カードに限らず、
嫌なメールが送られてきたり、
自分のメールアドレスが悪用されないためには、

信用できない人には、
メールアドレスを教えない、
という方法しかないことになります。

あるいは、ある時から、
信用出来ると思っていたのに、
そうじゃなかったと分かった時には、
自分のメールアドレスを変えるなどして、
信用できる人にだけ、再度教えるなどの
対策をとらなければいけないことになります。

とても、面倒くさそうな気もしますが、
インターネットやケータイで、メールアドレスを使う、
ということは、そういう必要性が常にあると考えた方がいいです。

わたしのコラムに、
以前も書きますが、
私の元にくるゴミメール、SPAMメールは、
毎日5000通ほどでした。

最近は、法律改正があったせいか、
2000通以下に減りました。
それでも、まだまだ多い。

しかし、私は、
そういうことは覚悟しているので、
面倒くさいとは言え、メールアドレスは
変更するつもりはありません。

おそらく、私に「なりすまして」
ウィルスによってメールが送られているケースも
あることでしょう。

そういう面倒くささを覚悟の上で、
インターネットやケータイにつながっているか。

それとも、面倒くさいから、
やっぱり、インターネットやケータイにつながることを
やめるか。

そういう選択から始めて、
インターネットやケータイを使った方がいいと思います。
さまざまな技術が開発されて、
ネット社会が進化したとしても、
きっと、迷惑なことをする方法も
進化していくことでしょうから、しょうがないのです。

2008年9月25日

訳の分からないことをする人間は、
どこにでもいるもので、

この期に及んでも、
まだ時代に逆行しようとする「北」の上層部の人々。

また、核施設の封印を解いたとか。

怖いですね...

核兵器が本当に使われたら、
みんなの生活はメチャクチャです。

メチャクチャになったものを
支配したような気になったところで、
何の得になるというのでしょう。

もちろん、交渉カードとは思いますが、
国の内部は貧困にあえいでいて、
国力と呼べるものが本当にあるかどうか、
分からない「国」という建前のために、

残り少ない資源なり、財源を、
そういう核施設に回そうとする体制。

いつ、それが壊れるのか。

それは内部から壊れるのか。
外部からの圧力で壊れるのか。

今なお、分かりません。

しかし、自分たちのレベルも分からず、
また、他のレベルも分からず、
ただ疑心暗鬼になって
刃物を振り回そうとしている存在のように見えて、
どこかしら、かわいそうな気もします。

とは言え、その持っている刃物が、下手すると、
とんでもない武器である可能性もあって、
怖くなる気持ちさえ出てくるのです。

人口2,300万人あまりの北朝鮮。
そのうち、キチンと生活できているのは、何万人か?
国力として計算できるのは何万人か?

すぐ近くの国だけに、
核兵器をもっている国だけに、

近所のわがままな幼稚園児が
ピストルを振り回しているような感じで、
危なっかしい印象はぬぐい切れません。

2008年9月 5日

人と人をつなぐ仕事

新しい商品をつくる、
新しいサービスをつくる。

世の中は、どんどん、
そんな新しいものが
増えていっています。

新しいものが増えると、
好奇心でそれを買い求めたり、
利用したりする人がいてくれる。

最初に買い求めて
満足してくれた人がみんな、
口コミとかで宣伝をしてくれたら、
そのものは、どんどん広がっていくだろう。

しかし、なかなか、そうはいかない。
よっぽどパワーのあるものじゃないと、
口コミの伝達ラインには乗らない。

そうなると、
「仕事」として伝達してくれる人の助けが
必要になってくる。

伝えたい人と、
伝えられたら喜ぶかもしれない人の間に立って、
人と人をつなぐ仕事。

それが広告っていうものだろうなぁ、
っていうことを、最近、実感するようになってきた。

きっと、いい広告に出会って、
なるほどな、って思うことが増えてきたからだろう。

しかし、そうじゃない広告もあるのが現実。

悪い商品やサービスと分かっていて、
それにつなげようという「広告」の存在...

人々に、免疫があって、
そういうものにだまされないだけの知識や知恵が
あればいいんだけど、みんながみんな、そうはいかない。

良くない広告があるからといって、
決して、広告というものはなくならないと思う。

人と人をつなぐ仕事は、
いつの時代も、必要だ。

どこかにいる誰かに伝えるためには、
広告っていうものがないと、
可能性を見つけられない場合が多いだろう。

そして、人と人をつなぐために、
何か新しいものを作る人も出てくる。
そうしないと、人と人をつなぐ「存在(仕事人)」として、
認めてもらえないっていう現実もあるからだ。

新しいものを作るのも、
人と人をつなぐっていうのも、
大きなチャレンジのある時代です。

2008年8月27日

無料ですが送料だけ?

こんな世の中になれば、
怪しい商売は、
数限りなくありそうな気がします。

「毎月、無料で差し上げます。
 ただし、送料980円のみ、
 ご負担ください。」

などという文章が、
目に止まりました。

昨晩、うちの妻が枝豆をゆでてくれて、
それを冷ますために広げた新聞広告チラシの文字です。

定価は、17,000円とあります。

どうやって、17,000円の定価のものを、
毎月、差し上げるのか。
それも、980円だけで?
という話です。

サンプルとか、試供品なら、話は分かります。

だから、逆に考えると、こういうことだと思います。

おそらく、製造原価が300円程度のものなのでしょう。
(いや、もっと安いかもしれない)
送料も、300円程度?

となれば、利益は、380円。

これをいくら売れば、儲けにつながるかは、
分かりませんが、そういうことじゃないのかなぁ、
と考えてしまいます。

わたしの古い頭の中での考えかもしれませんが、
どうも、納得いかない広告でした。

毎月、無料で差し上げる?

何のために?

利益を出すのが会社でしょ?
広告チラシだってタダじゃないでしょ?

うーん、分からない。
こういうチラシは、ホントに不思議で、怪しい。

2008年8月17日

集まるところ

お盆が終わって、
田舎に集まっていた人々が、
さーっと散っていく。

もし、人の移動する状況が
グーグルマップなどで見られたら、
けっこう面白いだろうなぁ、って思う。

実際、多くの人が持っているケータイからの信号を、
地図上に、プロットしていったら、
そんな移動図なんか、すぐに出来そうな気がする。

それに付随して、
お金の流れる図なんかも
面白いかもしれない。

もしかしたら、
そのお金っていうのは、
日本からどんどん流れ出ているかもしれないし...

お金は、そのお金が増えるところに、
流れていくものです。

つまり、仲間同士で、
増えていけるところに、
お金は集まるという習性がある。

人も、ちょっと似ていて、
人が集まるところに集まる習性、
っていうのがある。

もちろん、それに反して、
人の集まらないところに
集まる習性の人もいますけどね...

そういう人が持っているお金は、
孤立することになるでしょう。

という例外は別にして、
お金は、お金を増やしてくれるところに、
集まる習性があるのは、きっと事実。

財政難の地方に、
このお盆期間中に、
多少のお金が落とされていって、

次の正月までに、
また少しずつ、どんどんと、
都心部に、お金が流れていくことでしょう。

そして、お正月に、
帰省客とかといっしょに、
お金がついてくる。

こういう縮図を考えると、
見えてくるものがありそうな気もします。
私には、あんまり見えませんが...笑

何かが集まるところでは、
何かが増えている。

目に見えない場合もあるかもしれないが、
何かが増えている。

それが、ゴミだったら、
ちょっとイヤですがね。

2008年8月 7日

イヤなサイト

いいサイトを作ろう、
と思っています。

これからも。

参考になる情報を見つけました。
gooランキングより引用。

「こんな個人サイトはイヤだ」ベスト20
1位:画像が多くて、重い
2位:ポップアップがどんどん開く
3位:アフィリエイトバナーがたくさん貼られている
4位: 「準備中」「作成中」のコンテンツだらけ
7位:リンクが切れているところが多い
9位:トップページからFlash
10位:目に優しくない背景色(黄色や赤色など)
14位:ブラウザのサイズを勝手に変えられる
15位:サイトを見ても何を伝えたいかがわからない
20位:個人の顔写真、タレント写真など無許可の画像を掲載

「こんな企業サイトはイヤだ」ベスト20
1位:情報が数ヶ月間更新されていない
2位:画像が多くて、重い
3位:「準備中」のコンテンツだらけ
5位:トップページからオールFlash
6位:ポップアップがどんどん開く
10位:問合せ先が明記していない
11位:サイトを見ても何を伝えたいかがわからない
13位:ブラウザのサイズを勝手に変えられる
16位:目に優しくない背景色(黄色や赤色など)
18位:公式ブログがスタッフの内輪ネタばかり

見比べてみると、
個人サイト、企業サイトとも、
似ている内容があります。

考えてみれば、
見る側の人間にとっては、
個人サイトだからということで、
いくからハードルを低くすることはあっても、

そのサイトから情報を探していることに
代わりはないわけで、同じクレームが
発生するのは分かります。

個人サイトについて、
20位:無許可の画像を掲載っていうのは、
歯止めが利かない状態になっていますね。

ジャニーズ系の画像は、
かなり規制されていますが、
それでも出回っているのが事実。

それ以外の方々の画像となれば、
もう、キリがありません。

芸能人という商売柄、
注目されることが、1つの目的でしょうから、
そういう現象も起きてくるんでしょうね。

まったく止めることなんて、
まず出来ないことかもしれません。

企業サイトについて、
18位:公式ブログがスタッフの内輪ネタばかり
っていうのも、微妙なところ。

とんねるずのテレビ番組なんか見ていると、
けっこう、内輪ネタがあったりします。
それと同じノリで、一般人がやっちゃうと、
つまらない。

芸能人の内輪ネタだって、
つまらないラインのギリギリですからね。

このイヤなサイトのランキング、
刺激的で、勉強になります。

もちろん、自分が感じていることを、
そのまま、代弁してくれているようなところも
ありますがね。

そして、何より、
サイトをつくるときに、
自分が一番気をつけなくちゃいけない。

2008年8月 5日

二度と手に入らない財産

世の中には、
いろんな財産があって、
一度手放しても、
また手に入るものもあれば、

一度手放したら、
もう手に入れるチャンスのないものもある。

わたしの経験にはないけれど、
災害や戦争で、財産を手放さざるを得なくなって、
命からがら逃げて、新天地でまたがんばって、
財を築いたなんていう人は、現実に居るし、
彼らは、とても、たくましい人たちのようだ。

お金や土地、財産を失ったら、
もうどうしようもないと考える人もいるようだが、
それらについて言えば、
どうやら、そうじゃないらしい。

じゃあ、一度手放したら、
二度と手に入らないかもしれない財産、
って何だろうか?

わたしは、その財産の一つに、
好奇心というものを入れたいと思っている。

なんの財産をもっていない人でも、
好奇心という財産だけは、
持つことがきる。

しかし、心がだんだん鈍くなって、
いろんなことに驚くことが少なくなり、

安定を求め始め、
またその安定が手に入ったり、
逆に手に入らなくてがっかりすると、
好奇心を忘れることが多くなる。

「興味の幅が広がらず、
 同窓会に行きたくなったり
 昔話をしたくなったりしたら
 成長が止まった証拠です。」
 (船井幸雄)

好奇心がなくなると、
興味の幅が広がることはありません。

その好奇心のために、
自分の時間を使う(投資する)ことも
なくなるでしょう。

好奇心のゆえに、
忙しくなりすぎるのは、
ちょっと大変ではありますが、
この好奇心という財産、
手放さないようにしなくちゃいけないな、
って思います。

2008年8月 3日

迷惑メールが減る

迷惑メールに対する罰金額が、
法律によって

100万円以下 → 3000万円以下

と引き上げられるなどの罰則が強化され、
間もなく、施行されるようです。

おそらく、11月末までには...

そのせいか、
私のメールボックスに、
1日5000通ほどきていた迷惑メールが、
今は1500通ほどに減ってきています。

これは、かなり助かりますね。

時間のロスが少なくなりました。

罰金100万円なら、
ちょっとしたリスクを背負って
やることが出来たでしょうけど、

罰金3000万円となると、
リスクどころの話ではない。
それだけの利益をあげられるのならともかく、
そうでないとしたら、うかつには手を出せないはず。

ごみメール、迷惑メールの発信者には、
とても痛い法律の誕生でしょう。

それでも、しばらくすれば、
何らかの抜け道が見つかって、
再燃する可能性もないわけじゃありません。

コストがほとんどかからずに、
大量の広告メールを発信できるという
インターネットというシステムは、

そういう輩にとっては、
この上ない便利なものだったのでしょう。

しかし、そういう道が閉ざされつつある。
探るべき道は、3つ。

1.広告費用をかけて、公にされている場所で発信する。
2.これまでとは違う、真っ当な道を探す。
3.違法スレスレの別の抜け道を探す。

今までお金をかねないで出来ていたことに、
お金をかけるなんていう発想はバカらしいでしょうね、
だからは、1.はやりたくない。

じゃあってんで、2.を決心し他の仕事を探すか、
って言えば、そんなことが出来るんなら、
最初から、ごみメールなんか発信していない。

となれば、やっぱり、
3.へ進んでいく可能性は大。
なかなか足を洗えないというわけです。

ともあれ、今は、
迷惑メールの発信を控えている。

そういう法律の誕生を知らない人たち、もしくは
知っていながら大丈夫と高をくくっている人たちだけが
今も発信を続けているという構図かもしれません。

どうなるかな、迷惑メールの数は?

2008年8月 2日

偶然を追いかけて

なんでもないことが、
ふとしたきっかけで
気になることがあります。

今朝、フィルタを通した飲み水を
ペットボトルに移している時に、
人間って、水なしには生きていけないんだよなぁ、
って思いました。

でも、その水でも、
この体が埋もれるくらいに
大量にあるところでは、
身の危険となる時もある。

体の中にある水は、
60~70%くらい。

お年寄りになると、
50%くらいに下がるそうだ。

水があって生きていられるこの体。
水が、体の中を巡って、
この人間という生き物を生かしている。

こういうシステムは、
偶然に出来たのか。
ふと思ったりする。

偶然にしては、
出来すぎな体ではないか。

体に必要なもの、
体の中の器官が、
絶妙なコンビネーションで
関わりあっている。

ちょっと乱れれば、
病気になったり、
体調不良になったり。

仮に、そうなったとしても、
ある程度のところまでは、
体自身が自分でそれを復旧させようとする。

やっぱり、出来すぎな体だ。

この体の中に、
偶然を見つけようと追いかけても、
なかなか見当たらない。

たとえば、
水の上に浮かんで
スイスイと進むアメンボ。

あんな生物が、
長い年月を過ごしていけば、
こんな体を持つ人間に進化するのかな。

ちょっと程遠い気がする。

だったら、サル。
長い年月に、いろんな作用が働いて、
進化を遂げれば、こんな人間になれるかな。

うーん、近いけれど、
なんか、意図的な操作とか、
手が加えられない限り、
それも難しい気がする。

偶然だけで、
偶然が千回くらい重なって、
突然の進化があるんだろうか。

いろんな偶然が、
世の中にあって、

偶然と思われていることの中には、
何かしら、必然的なこともあって...

結局、偶然は見つからない。

そこには、見つけた意味か、
与えられた意味があったりする。

偶然を追いかけるのって面白い。
それが、必然に巡りあえたりするからだろうね。

私が、今日、こんなふうに生きているのも、
偶然か、必然か。今は分からないけれど...

2008年7月22日

雑誌の積んどく

雑誌を定期的に買うことなどなく、
欲しいと思ったときに、
その雑誌を買っていると、

時々、欲しい雑誌のタイミングが重なって、
机の上が、積んどく状態になります。

今が、ちょうど、そんな感じ。

まず、ビジネス誌。
そして、技術専門誌。
さらに、卓球の雑誌。

もう読み終わったけれど、
読みたいと思ったフリーペーパー誌もあった。

本気になって読むとしたら、
1日かかってしまいそうです。

けれど、今週のスケジュールに、
待ち時間があることとか、
列車での移動時間も予定されてるので、

その時に、だいぶ読み進むことでしょう。
きっと、2冊くらいは完読かな?

そういう時は、退屈になりがちな、
待ち時間、移動時間っていうのが、
かえってありがたく、
楽しみになってきます。

ノートPCを取り出して、
仕事を始める人も少なくないですが、
細切れの時間で仕事に集中できる人間でないので、
どうも、そういうことができません。

それよりだったら、雑誌というだけに、
細切れの時間に、チョコチョコと読めるものの方が、
性に合っています。

いずれにしろ、
今週中に読み終わらないと。

もたもたしていると、
次に欲しい雑誌を
見つけてしまうかもしれないからね。

移動時間が楽しみです。

2008年7月17日

動機をイメージする

テレビ画面から流れる事件が、
どんなに悲惨なものだとしても、

その犯人の動機は、
たいしたことがないというケースは
少なくない。

たいしたことがない、
と書いたのは、あくまで、
こちらの主観的な意見であって、

犯人本人の主観的な意見では、
この上なく、たいしたことがあったから、
そういう犯行に及んだのだろう。

だからと言って、後で後悔しないわけじゃない。

だいたいにおいて、
動機の大きさは、
事件の大きさに比例するように思うけれど、

必ずしも、そうとは限らないということだ。

テレビや新聞に目を向けなくても、
わたしたちの身の回りでも、
事件は何かしら起きている。

私の身内、隣近所、娘らの学校においても、
新聞をにぎわすほどのことではないが、
いろんな事件がある。

笑えることもあれば、
笑えないこともある。

笑えないことについては、
ふと、動機を考えてしまう。

どうして、そういうことが起きたんだろう...

そこまでするような動機があるとしたら、
きっと、相手と人間関係として何かあるはずだ。

となると、こんなことかな?

みたいに、素人の推理が始まる。
もちろん、答えは分からない。

犯人の心のうちを、
すべてを読み解くことなど
出来ないからだ。

仮に、犯人の口から、動機を聞き出したとしても、
犯人が、自分の思いをすべて言葉に出来るとは限らない。

言葉に出来ないものを抱えている可能性だってある。
だからこそ、事件が起きたりする。
抱えているものをすべて言葉にして、
それを受け入れてくれる人がいてくれたら、
いくらか事件は減るかもしれない。

でも、世の中に、
そういう受け入れてくれる人たちは、
どんどん少なくなってきている。

みんなが慌ただしいのだろう...

そして、事件が起きた時にだけ、
犯人は、自分の動機に興味をもってもらえる。
ホントは、事件を起こす前に、
興味をもたれたらいいことだったろうけど。

世の中は、残念なことばかりです。

2008年6月29日

生活リズム

生活リズムが
崩されない日々は、
安定していて、
心地いいような気がするけれど、

あまりにも崩されないと、
ちょっと退屈してくるのも事実。

生活リズムが崩れるようなイベントや、
出来事があって欲しい、
と願い始める。

そして、そういうことが起きたり、
実際にあったりすると、
やっぱり刺激的だから、
生活リズムの乱れを感じながらも、
興奮して楽しんだりする。

ちょっと思ったのだが、
生活リズムというのは、
リアルな生活にあることであって、

ネット上の生活には、
ないことなんだなぁ...と。

ネット上に入り浸って、
乱れるのは、リアルな生活の方であって、

「自分のネット上の生活が乱れた」
なんてことを言う人は、まずいないだろう。
聞いたことがない。

リアルな生活においては、
いつも通りのスケジュールで行動が出来ることが、
生活リズムの乱れていないことになる。

そこに、寝不足、体調の悪さ、イベントの有無、
気分の乱れ、事件などがあれば、乱れる。

しかし、もし、
ネット上の生活で乱れるってことがあるとすれば、
それは、情報が発信できなくなる、
っていうことだろうな。

これは、パソコンの前にも座れない、
ケータイのボタンも押せないほどの体調でない限り、
できること。

そして、情報っていうものは、
生活リズムの乱れがあればあるほど、
ネタになって発信できることになるだろう。

ネット上の人間としての存在が、
ますます濃くなるにつれて、
私たち人間は、これまでより
生活リズムを気にしなくなるかもしれない。

かえって、生活リズムが崩れるような何かを求めて、
生きていくことが多くなるかもな。

わたしには、その「気」があるような感じがする。
好奇心旺盛な人間だから。

2008年6月24日

記念の写真

いろんな写真や映像を
撮ろうとするけれど、
その中で、本当に
記念になる写真っていうのは、
あまり多くはないと思います。

で、写真家とか、
カメラマンでもない限り、
思い出に残る瞬間ほど、
思わず見入ってしまって、
シャッターボタンを押すどころか、
カメラを持つことでさえ
忘れていたりするものです。

だから、結局、
無難な集合写真が
出来てしまうだけになる。

わたしの撮る写真は、
いつも、そんなものばかり。
われながら、残念...

もちろん、その集合写真でも、
十分な記念にはなりますが。

ただ、出来るだけ自然な姿を撮りたいから、
並ぼうとしている姿から撮ろうと思っています。

キチンと並んで、笑顔をつくって、
みんながこっちを見ている様子は、
ちょっと、わざとくさいというか、不自然。

記念写真のための記念ポーズになっている。
それよりだったら、
自然なポーズで撮られた写真の中から、
記念に残る1枚が出てきて欲しい、
と思うわけです。

幸い、デジカメがあるおかげで、
ほぼ無限に撮影してもいい環境のなかで、
これはいいという写真を選べる。

デジカメって、やっぱり、
便利だなぁ...って思います。

ただ、それでも、
絶好のシャッターチャンスを逃すと、
代わり映えのしない写真ばかりが
増えるわけですがね。

思い出の瞬間をよく見たい、
けど、
思い出の写真もうまく撮りたい。

バッティングしてしまう願望かもしれませんね。

2008年6月 7日

10%以下が好き

何かをすれば、
その結果は当然こうなる。

っていうようなことばかりが、
生活のパターンになってしまうと、

あえて、その当然がない、
ようなことをやってみたくなる。

ギャンブルにハマってしまう人間の心理は、
そんなもんだと思います。

お金には全く困っていない
ように見える芸能人とかが、
競馬にお金を賭けたりするのは、
馬が好きな場合もあるだろうけど、

その確率の低さが、
魅力的なんだと思う。

てきとうに数字を言うならば、
10%以下の確率。

50%の確率は、
安心を与えてくれるけれど、
興奮は、ちょっと少ない。

10%以下っていうのは、
けっこうな興奮がある。

私も、当たり前の生活に慣れると、
そんな10%以下に魅力を感じます。

ものすごい何かの「得」が、
100%の確率で自分の手に入るのも、
悪い気はしないけれど、

ちょっとした「得」でもいいから、
10%以下に挑戦してみることが
自分を楽しませてくれる。

どうしたら、手に入るんだろう、
どうしたら、予想できるんだろうって。

考えたり、調べたり、
ネットや雑誌で情報を探したりしながら、
10%以下の確率を楽しむ。

それだけでも、十分に楽しい。

世の中には、特に、
インターネットの世界には、
「無料」って言葉がはびこっているけれど、

みんなに無料よりだったら、
先着100名とかに無料だ、

ということの方が、
手に入れたい気持ちが
強くなってくる。

10%以下が、意外と好きになる。

ただ、勝つとか、負けるとかの話は、
10%以下になると、やる気が失せる場合もあるかな。

今日の、10%以下は、
何だろう...

2008年5月21日

愛したことを忘れないで

中国四川省で起きた地震。

大災害には、
必ずといっていいほど、
美しい話が耳に入ってきます。

命がけの行動が、奇跡を生むのでしょう。

産経新聞で発信したニュースなので、
たしかな情報と思いますが、
こんなニュースが報道されていました。

最大被災地の一つ、
四川省綿陽市北川(ほくせん)県で、
地震発生翌日の13日、一人の女性の遺体が
四つんばいになった格好で発見されました。

遺体は倒壊した建物に圧迫されていたので、
救援隊は、まだ助かる見込みのある人を探すべく、
立ち去りかけたのでしょう。
けれど、一人の隊員が、何となく気になり、
ふと遺体の下のすき間に手を差し入れたところ、
温かいものに手がふれました。

「赤ちゃんが生きている!」

救援隊員が叫び、救出作業が再開されました。
生後3~4カ月とみられる無傷の男の赤ちゃんが
毛布にくるまれて引き出されました。

救援隊員が母親の体を調べると、
手に握られた携帯電話の画面に、
1行のショートメールが...

「赤ちゃん、もし生き伸びてくれているのなら、
 私があなたを愛していたことを絶対忘れないで...」

救援隊員も思わず涙を落としたといいます。

名も知らないお母さんへ。

あなたのおかげで、
あなたの赤ちゃんが助かりました。
奇跡が起きたのです。

まだまだ、あなたの愛情を
必要とする時期だったでしょうけど、
自分が生き残れた奇跡について
分かるようになったら、

ほかの人以上に、生きることの意味を
かみしめる人間になってくれることでしょう。

そう願います。

被害の状況や、情報の混乱、
救援のはかばかしくないニュースなどを聞くにつれて、
私の気持ちも、マスコミに扇動されかけていましたが、

このニュースを聞いて、中国人という人々に、
「生」の人間性を感じることが出来ました。

ありがとうございます。

2008年5月 1日

書いて、書いて、書いて

書くことが仕事だと、
書いて、書いて、書いて、
っていうことが普通になる。

しかし、
書くためには、
何も座っていなくちゃ
出来ないってことでもなくて、

書くためには、
かえって動いてみないと、
書けないってことが分かってくる。

そもそも、座っているだけじゃ、
ネタは浮かんでこない。

なんか、頭がかゆいな、
なんか、腹減ったな、
なんか、鳥がさえずっているな、
なんか、遊びたいな...

そんな「なんか...な」を
いくら思ったところで、
何にも書けない。

って、ここまで書いてきているけど、
このまま続けたら、きっと、
中身のない文章になってしまう。

その「なんか」を、
ちょっと体で動いてみて、
リアルな何かをつかんだ時に初めて、
意味のあることを書けるんじゃないかな。

と書いてはみたのものの、
意味のあることを書いているかな、
という気もしてくる。

ブログという文章世界が登場してから、
意味のあることじゃなくても、
書いてもいいような雰囲気があって、

わたしも、それに便乗して、
どんどん、意味のないことを
書いている気もする。

ある意味、適当?
中途半端

その実態は、どうでもいいとして、
書いて、書いて、書いていくことが、
生きていることの証になっているような気がする。

そのうち、

なんで書けないの、あなたは?

なんて責められるシーンも
出てくる時代が来るんじゃないでしょうか。

かなり以前のコラムに書いたけれど、
学生が就職活動をする際には、
自分のサイト、もしくはブログのアドレスを
記入する欄が出てくるんじゃないかな...

あまり勝手なことを書いていると、
面接で突っ込まれたり、

反対に、あたりさわりのないことばかりを
書いていれば、個性のない人間と判断されて、
アピール・ポイントが下がり、

そんな時代は、もうそこまで
来ているんじゃないでしょうか。

その頃には、
セキュリティも万全になりすぎて、
匿名という存在すらなくなって、

ネット社会も、ほぼリアルな社会と同じように、
実名で存在する社会になるのではないか、
という想像すら浮かびます。

書いて、書いて、書いて。

そんな時代が来たら、
誰も彼も、頭の中では、
ネタ探しに忙しいだろうなぁ。

2008年4月15日

電話は3回まで

営業などの仕事をしている人は、
足を運ぶことも多いだろうけど、

電話をかけることも間違いなく、
多いことだろうと思う。

会いたいなぁ、
と思っている人に、
何度電話をするか。

もちろん、どうしても会いたい人ならば、
何度でも電話をすることだろう。

つなげてもらえるまで、
話が出来るようになるまで。

しかし、
営業ともなれば、
嫌われることもあるから、
電話だけで何度も何度もということは、
現実的に無理がある。

電話もかけるけれど、
足も運びながら、
顔を覚えてもらって、
なんとかチャンスを作る。

どうしても会いたい人ならば、
それくらい心意気でがんばれるはずだ。

しかし、そこまでの思いはなく、
なんとなく「会いたいなぁ」
と思っているだけの相手には、

とことん頑張る気持ちっていうのも、
高まってこないだろうと思う。

私の場合は、
3回までがんばることにしている。

ただやみくもに、3回かけるのではない。
話ができるだろうことを確認しての3回だ。

それでも、つながらなければ、
縁がなかったとあきらめる。

昨日、ある方に相談をしようと、
朝の9:30頃に電話をかけた。

来客中とのこと。
いつ頃電話をかけたら、
お話が出来るか、と尋ねたら、
11:00だったら大丈夫でしょう、
とお返事をいただいた。

11:20頃、
2回目の電話。

まだ来客中とのこと。

了解しました、
午後は、お出かけの予定とか
ありますか?

ない、との返事。

午後一は、忙しいかもしれないから、
ちょっと間をおいて、
13:40頃に、3回目の電話を。

今度は、会議中。

はい、あきらめました。
縁がなかったと思うことにしました。

その方に相談をして、
助言をうかがいたかったのですが、
別の方法でアイデアを探すことに。

すると、第1のアイデアが、
15:00頃に降り注いできました。

仕事も終わって、ごはんも食べて、
お風呂に入っている8:45頃に、
今度は、第2のアイデアが。

さらに、さらに、
そのことをよくよく考えて眠り、
起きた朝5:00頃のこと。

第3のアイデアがやってきました。

求めれば、やってくるものです。

その方に電話をしようという心の準備が、
一番のきっかけだったのかもしれません。

自力で、なんとか頑張ろうとする性格の私が、
人に助言を求めようという決心をしたのは、
よほどのことですからね。

そのよほどの決心が、
新たな展開に導いてくれたのでしょう。

それら3つのアイデアが、
これからどうなるかは分かりませんが、
ちょっと、ワクワクしている朝です。

2008年4月 6日

趣味の違い

趣味(嗜好)が違うと、

えー、なんで、そんなものに?

なんて思いがちですが、
何か新しい、自分にはない発見をしたい時には、

嗜好の違う人に、
くっついて行ってみた方がいい。

もちろん、犯罪っぽい異常な嗜好には、
ついていかない方がいいのは当たり前だけど、

そこまでいかない嗜好には、
なんとなく、面白い発見があったりする。

そして、思わず、
ああ、そういえば、
自分もこんなことが好きな頃があったなぁ、とか、
これは俺も知っている、とかの発見に
出会ったりもする。

そういうことに出会えるのは、
やっぱり、嗜好の違う人に
くっついていった時に起こる。

一人の人間自体、
いろんな嗜好をもっていると思うから、

共通の嗜好もあれば、
まったく合わない嗜好も持っていたりする。

たとえば、食べ物の嗜好は同じだけれど、
読む本の嗜好は違うとか…

恋人でも、夫婦でも、
そんなことは当たり前。

そういう嗜好があるのに、
何でもカンでも相手に合わせて、
話が合う~~~なんて振りをしていたら、

お互いに疲れるか、
お互いに必要性を感じなくなって飽きることだって
あるだろうなぁ。

年を重ねると、
嗜好の違う人といっしょに行動するのが、
ますます面倒くさく感じると思います。

だって、普通は、
世界がどんどん絞られてきますからね。

子供の頃から、
大人になるまでは、
世界がどんどん広がって、
いろんな嗜好が身についてくる。

大人になって間もない頃も、
好奇心が旺盛であれば、
ますます広がる。

けれど、
好き嫌いがハッキリしてくる頃から、
世界が絞り込まれてくる可能性は、
少なくない。

絞り込まれる時期が早ければ早いほど、
他人の嗜好を受け付けられるなくなるのも
早いかもしれない。

受け付けられなくても、
理解できるくらいの器があればいいんだけど、
そうはいきませんからね。

嗜好の違いのある人と付き合う。
これって、大切なことかもしれませんね。

2008年4月 5日

使う目的が見つけられない

使い方は分かるけれど、
目的が見つけられない、
というものがありえます。

買ったり、
利用の申込をしたまま、
放っておいているものには、
そんなものがあるでしょうね。

わたしにとっては、
それがmixiでした。

せっかくお誘いいただいたのに、
あんまり利用していないのが実際のところ。

だからといって、
やめる気もない。

mixiをやる暇がない、
なんてことも言いたくない。

もちろん、朝から晩まで、
どっぷりと浸かっているつもりも
ありませんけれど…

最近、ちょっと目的を見つけました。

自分が関心をもっているものだけについて、
インターネットなどを利用するのが、
わたしのこれまでの使い方でしたが、

「この人は、どんなことに関心があるんだろう…?」

っていう見方で、
mixiを利用することに
気づいたわけです。

当たり前といえば当たり前ですが、
なんていうか、
ビジネスや商売、儲けだけを考えていると、
目先の情報だけにとらわれがちで、
「自分の関心」の延長上でしか、
ものを見られないことがあるんですよね。

けれど、
「他人の関心」はどうだろう?
って見ることは、
関心のネットワークになって、
それが自分の関心になることもある。

友達の友達は、友達だ、
に必ずしもする必要はなくて、
関心だけをもらうっていう方法もあるんですね。

mixiって、そういう使う目的にも出来る。

mixiが始まって間もない頃に、
マニュアル本なんかも買って、
ひととおり分かって参加したはずだったんだけど、
そういうことには、
考えが及ばなかったなぁ。

インターネットを、
ビジネスのツールとしか
とらえていなかった証拠でしょうね。

他人の関心ごとに、
いつまで関心がもてるか、
分かりませんが、
今のところは、けっこう面白いです。

世の中には、いろんなものがあるもんです。
ホントに…

わたしのmixiは、以下です。
»mixiのShuへ

2008年3月25日

あこがれのsafari

Macが故障して、
Macにふれられなくなって3ヶ月。

なんとなく、寂しいです…

ところが、ちょっと嬉しいことが。

くわしくは分かりませんが、
音楽プレーヤーiTunesなどの
アップル社ソフトをインストール人に、
自動通知が来ているんだと思うのですが、

Mac版しかなかった(と思っていた)safariという
インターネットのブラウザソフトが
Windowsでも使えるようになった。

早速、ダウンロード&インストール。
で、その画面がこれ。

safari.gif

なんとなく、おしゃれです。

シンプルで、スッキリしていて、
上部のメニューバーの色がメタルカラーで、
味気ない感じもしますが、

あのiTunesのイメージに近くて、
デザイン的には好きになりました。

じゃあ、使ってみるか、
となると、やっぱり、まだ、
Microsoftのインターネット・エクスプローラーの方が、
私は使いやすい。

画面チェックのために、
Firefoxもたまに使いますが、

それと同じで、
画面チェックのために、
このsafariも