よそ行きの顔
知人に会った時には、
二つの対応タイプがある。
というか、わたしは、
二者選択をしてしまう人間だ。
(ほとんどの人もそうかもしれないが...)
1つは、
単純に声をかける。
長話になれば、話している。
もう1つは、
そうっとしておく。
もし目が合ったら、
会釈程度のことはするが、
こちらから、無理に会話をしにいくことはない。
家族とかで水入らずのところを邪魔しちゃいけない、
という配慮から、声をかけないこともあるけれど、
相手に「よそ行きの顔」をさせないために、
声をかけないことも多い。
実際、そっちの方が、
私の場合は多いかもしれない。
「よそ行きの顔」をさせたないっていうのは、
なんて言えばいいんだろう?
私が声をかけたことによって、
身構えさせてしまう感じのことかな。
「わたしは幸せなのよ」
「わたしは成功しているのよ」
「わたしは問題ないわ」
という空気をかもし出させるみたいな...
それを感じると、わたしの方も、
無意識に、同じような空気を
発しようとしていたりする。
きっと、私が競争心の激しい人間だ、
と分かっている人は、
特にそうなるんだろう。
競争心を引き出す必要のないところなのに、
わたしが声をかけることによって、
そういう気持ちを相手に抱かせて、
変に疲れさせるよりだったら、
そうっと、そのままにしておいた方が、
わたしも、相手も、平安に過ごせるはず。
そう思うから、「わたし」という人間は、
声をかけない方がいいだろうと考えたりする。
もちろん、これも、
単なる取り越し苦労かもしれないし、
誰でも、どんな関係にも、
声をかけられたら「よそ行きの顔」に
なってしまう可能性があることを
私が知らないだけかもしれない。
とりあえず、他人はどうあれ、
わたしの存在のゆえに、
声をかけないでおく、
っていう選択は、今のところ、
正解のような気がしています。
もう少し年を重ねて、
わたしの空気が丸くなったら、
大丈夫になる時も来るんでしょうけどね。
と言っても、まもなく、
30代も終わるのですが...

