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2008年10月 7日

なりすまし

このサイトには、
いい言葉カードというものがあって、
お気に入りのいい言葉を、
自分宛て、もしくは友人宛てに、
送ることができるようになっています。
(映画「ペイ・フォワード」からヒントを得て作りました)

ただ、この機能は、
会員登録した人だけとか、
その他のややこしい制限などもなく、
「自分の名前」「自分のアドレス」「相手のアドレス」を
入れるだけ、場合によっては、「自分のメッセージ」を
付け加えるだけで、送ることができます。

となると、こういうことも出来るわけです。

嫌いな人のアドレスに対して、
存在しない人やアドレスになりすまして、
(あるいは、自分以外の誰かの名前、アドレスになりすまして)
説教や批判の言葉を送ることもできます。

そういう使い方をされる可能性は、
インターネットの性質上、いつもあるわけで、

このサイトのいい言葉カードに限らず、
嫌なメールが送られてきたり、
自分のメールアドレスが悪用されないためには、

信用できない人には、
メールアドレスを教えない、
という方法しかないことになります。

あるいは、ある時から、
信用出来ると思っていたのに、
そうじゃなかったと分かった時には、
自分のメールアドレスを変えるなどして、
信用できる人にだけ、再度教えるなどの
対策をとらなければいけないことになります。

とても、面倒くさそうな気もしますが、
インターネットやケータイで、メールアドレスを使う、
ということは、そういう必要性が常にあると考えた方がいいです。

わたしのコラムに、
以前も書きますが、
私の元にくるゴミメール、SPAMメールは、
毎日5000通ほどでした。

最近は、法律改正があったせいか、
2000通以下に減りました。
それでも、まだまだ多い。

しかし、私は、
そういうことは覚悟しているので、
面倒くさいとは言え、メールアドレスは
変更するつもりはありません。

おそらく、私に「なりすまして」
ウィルスによってメールが送られているケースも
あることでしょう。

そういう面倒くささを覚悟の上で、
インターネットやケータイにつながっているか。

それとも、面倒くさいから、
やっぱり、インターネットやケータイにつながることを
やめるか。

そういう選択から始めて、
インターネットやケータイを使った方がいいと思います。
さまざまな技術が開発されて、
ネット社会が進化したとしても、
きっと、迷惑なことをする方法も
進化していくことでしょうから、しょうがないのです。

2008年10月 6日

ガマンの限界

人一倍、
いろんなことをガマンして、
がんばっている人が、

それでも、
いろんなことがうまくいかなくて、
さらにガマンしようとしている姿を見ていると、

なおかつ、
その人のまわりの人々が
その人のガマンを知ってか知らずか
それほどガマンしているようには見えないと、

なんとなく、関係のないこっちが、
「もっと爆発したらいいのに...」
と思ってしまう。

それでも、その人は、
自分のガマンが足りないからと言い、
まわりの人々を責めたい気持ちを押し殺して、
さらにガマンしようとする。

もしかしたら、
その人のガマンが、
まわりの人間をダメにして、
(悪い結果の責任をとらずに逃げてばかりで...)
ますます、悪い結果をもたらしているかもしれないのに...?

と考えた。

自分の行動によって、
悪い結果が出てしまった時に、
自分で責任をとらせたり、
必要な責めをしなかったら、

その人は、いつ学べるんだろうか?

責めるべき時にガマンをして、
もっと悪い結果が出てしまってから、
責めたくなる。

そして、責めたくなった自分の気持ちを呪い、
さらに、ガマンしようとする。

これでは、きっと、悪循環になる。

「自分さえガマンすれば...」

わたしは、あまりガマンの出来る人間じゃないし、
こんなふうに思えないからかもしれないが、

「自分のガマン」の効果を
買いかぶっている言葉のようにも思える。

まわりにいる一人の力ではどうにもならないこともある。
結局、本人が自覚して、がんばらなければいけないのだ。

あまり、ガマンしない方がいいことも、間違いなくある。
そう思われて仕方がない。

でも、その人本人には言えない。
どことなく、自分のガマンする姿を
快感に思えているところもあるから。
悲劇のヒロイン、ヒーローみたいに...

2008年10月 5日

ご褒美の約束

お手伝いをして、
それをちゃんとやり遂げたら、
映画を見せに連れて行こう、
という約束を子供とした親。

今なら、
崖の上のポニョ」とかだったら、
喜んで、お手伝いをするかな。

でも、やり遂げようとする気持ちが強いと、
あるいは、やり遂げなかったら連れて行ってもらえない、
という焦りが強すぎると、時に、危険な目に遭うかもしれない。

そんな話を、耳にした。

たとえば、
今の時代ならあまりない話かもしれないけど、
野菜を川で洗う手伝いを任されていたとする。

間違って、その野菜の1つを、
川に流してしまった。
これはいけない、と拾いに行こうとしたが、
手が届かない。このまま流してしまったら、
映画を見に行けない。それに、
今から大人を呼びに行っても間に合わない。
そこで、もう少し、もう少し、
川の中を前に進んでいるうちに...

大人の目から見れば、
危険など考えられない仕事でも、
子供のやり方次第では、
危険なことに発展しうる。

まして、「ご褒美」という約束があると、
そのためにがんばりすぎてしまって、
危険を察知することが出来なくなる。

うーん、この話を聞いて、
ご褒美の使い方って難しいなぁ、
と思いました。

これって、きっと、会社でいえば、
能力主義や成果主義のことだと思うんです。

結果を出せなければ、評価をしてもらえない。
結果を出せない人は、知らず知らずのうちに、
危険エリアに足を踏み込んでしまい、
事件になってしまうことも...

中国のメラミン混入問題、
日本の事故米不正転売、
食品偽装の問題、などなど、

そういう「ご褒美」「評価」システムが
背景にあって起きる問題ということもあるだろう。

冷静になれない人間ほど、
そういうことに弱くなってしまう。

ご褒美というのは、微妙なものだなぁ...

2008年10月 4日

大人の逃げ方

文部科学省が中学生に配布した冊子
「かけがえのない自分、かけがえのない健康」に、
こんな言葉を見つけた。(第2章 心の健康)

------引用------

「自分について」確かめたり考えたりすることは
特別なことのように思うかもしれません。
しかし、日常生活における様々な体験、
まわりの人たちとのかかわり、
目標への挑戦などを通して、
だれもが行っていることなのです。

何を見つめる?何を考える?
  • 様々なことに対する自分の味方や考え方、価値観(大切にしていることなど)
  • 自分の得意なことや苦手なこと、好きなことや嫌いなこと、長所や短所、目標や夢
  • 家庭、クラスや学校(部活動を含む)、地域活動などでの自分の役割・責任など
なぜ、「自分について」見つめたり、考えたりすることが必要なのでしょう?
  • 自分に対する安心感や自信が高まる。
  • 自分なりの現実的な目標をもち、目標が達成しやすくなる。
  • 自分らしい意志決定ができやすくなり、責任感も高まる。
  • 自分なりの不安や悩みの解決策、自分にあったストレス対処法を見つけやすくなる。
  • 自分の考えや気持ちをはっきりさせやすくなり、自分の意見を相手に伝えやすくなる。
欲求やストレスについて考えてみよう!
  • 欲求をもったり、ストレスを感じたりすることは自然なことです。
  • ストレスの中には、「さらに努力する」ことによって、克服すると自分を成長させるものもあります。(学習、部活動の練習など)
  • 欲求やストレスへの対処法によって、結果が大きく変わってくることがあります。
  • 適切な対処法には、様々なものがあります。
  • 落書きする、暴力をふるう、悪口を言う、喫煙や飲酒をする。これらは、適切な対処法とは言えません。間違ったもの、許されないものです。
----引用終わり-----

この他にも、人それぞれには個性があって、
コミュニケーションの方法をそれぞれ身につけよう、
っていうようなことも書いています。

行政が配布する冊子の中には、
「とりあえず」形だけ作ってみました、
感じの出来映えのものも少なくないですが、
最後まで読んでみて、この冊子には、
いいことがたくさん書いているなぁ、と思いました。

ただ、面白いのは、前述の引用にあるように、
「...喫煙や飲酒をする。
 これらは、適切な対処法とは言えません。
 間違ったもの、許されないものです。」
ということを、大人には許されている、
っていうのも矛盾しているなぁ、と。

大人も、ストレスの対処法として、
喫煙や飲酒に逃げるのはダメでしょ、
子供に真似させたくなかったら...
と私は思うわけです。

どんなもんでしょう?

2008年10月 3日

方法はいろいろ

たとえば、
3人の子供がいれば、
7人の部下がいれば、
10人の弟子がいれば、
それぞれの姿勢が見られます。

特に、問題にぶち当たった時が、
性格というものが最も現れて、
それぞれが違うなぁ、っていうのが分かる。

8人だとしたら...

1.気づかないか、気づいてクヨクヨ。
2.大げさにさわぐか、鎖国状態。
3.なかったことにする。
4.怒る。
5.逃げる。
6.頼る。
7.焦る。
8.よく観察して行動するか、考えすぎる。

っていうケースもあるだろう。
面白いものです。
そして、どれも正しい。
もっと突っ込んで言えば、そこには、
正しい、正しくないの問題は存在しない。

というのは、人それぞれの問題への対処方法には、
それまでの生き方、育ち方が関係してくるので、
どの人も、今やっている方法が一番だと思っている。

しかし、現実は、
隣りを見てみれば、
それぞれが違う方法で
問題に対処している。

それが人間関係的な問題に発展すると、
相性も関わってきて、すぐに解決できる間柄もあれば、
なかなか解決できずに、長引く間柄も出てくる。

そういうことを何度か積み重ねていくと、
人は、いろんな方法があるんだなぁ、
と時間をかけて分かってくる。

なかなか分かっていけない人間は、
鎖国状態かもしれない。

鎖国をいったん解かせて、
鎖国状態をしているうちに、
まわりの時間がどれだけ進んでいたかを
見せないことには、難しいだろう。

もちろん、それでも分からない、
分かりたくないという姿勢の場合も、
少なくない。

方法はいろいろなのだ。

そういう人もいるかもしれない、
ということも含めて、いろんな方法を理解することが、
人生の引き出しを増やすことになるだろう。

わが子らには、
そういうことが分かる人間に
なって欲しいなぁ。

わたしは、それが分かるまでに、
かなりの時間を要した気がする。
まだ、分かっていないところもあるだろうし...

2008年10月 2日

誤解じゃない

たとえば、
嫌いだと思っていても、
「嫌い」という言葉を、
相手にも周りにもずーっと発しないで、
済ませることはできる。

けれど、嫌われている空気を、
相手は、ちゃんと感じることは出来る。

感じた相手が、
自分は嫌われているみたい、
と周りに言いふらし始めた時に、

「誤解されている」

と言えるだろうか。

たしかに、
「嫌い」ということは、
誰にも言っていない。

相手が、勝手に感じたことで、
場合によっては、間違っていることも
あるかもしれない。

けれど、
誤解なんかじゃない、
と私は思う。

仮に、誤解だとしても、
相手は、誤解したくて、誤解している。

つまり、そう思ったほうが、
自分に都合がいい、
または自分を守れるからそう思っている。

それだけのこと。

誤解されたなんて思わないほうがいい。
それを取り消してもらおうと、
一生懸命にならないほうがいい。

相手の思いたいように
思わせておけばいいじゃないか。
そう思うことによって、
相手に得があるならそれでいいだろうし、

自分の方に損があるなら
その損すら気にしなければ、
そのことはそれで終わるのだ。

つきつめて言えば、
世の中に、誤解なんかない。
そう思う。

みんな、自分の理解したいように
理解するだけのことかもしれない。
何らかの意味で、次に進むために、
あるいは、そこにとどまるために。

2008年10月 1日

ちょっとの助け

自分も失敗したくないけど、
出来れば、自分の子供たちにも、
失敗はさせたくないなぁ、
と思うのが親の欲。

どうやら、私は、
そういう欲が、人一倍強い、
ようなことが分かってきた。

人間には、
器用な人と、
不器用な人がいて、

ちょっとの助けがあれば、
何でもうまくいって、
失敗しない器用な人がいる。

反対に、ちょっとの助けくらいじゃ、
うまくなれないから、
何度も失敗してどうにかなる
という不器用な人がいる。

私の娘らで言えば、
前者が長女で、後者が次女。

長女は、ちょっと助ければ、
あまり失敗することなく、
何事も乗り越えられてきた。

だから、いろんな意味で、
教えたり、転ばぬ先の杖をやってきた。

しかし、年を重ねていけば、
もはや、ちょっとの助けでは、
失敗させないようになど出来ない状況が
やってくる。まさしく、今がそれ。

自分で考えなくちゃいけない。
そうなると、自分で失敗をして学ばなくちゃいけない。
しかし、元々、失敗に弱いタイプ。

ちょっとの手助けがなくなり、
自分で失敗を体験するとなれば、
そのたびに、ダメージが大きかったりする。

親としては、ちょっとかわいそうだと思いながらも、
しょうがないと言い聞かせて、眺めているところだ。

一方、次女は、ちょっとの助けくらいじゃ、
失敗を避けられる人間じゃなかった。

だから、いっぱい、失敗している。
バカだな、と思うことばかり、
何度も失敗しているが、その分、失敗にも強い。

今朝も、朝ごはんを食べながら、
ウィンナーを何度もテーブルに転がしていた。

まさしく、次女の象徴である。
昔から、そんな感じ。

1度や2度の失敗は当たり前。
10度目くらいで、なんとかうまくいけばいい方。

不思議な二人である。

それが、先日、部活の新人戦で、
姉妹対決の決勝となり、
練習では失敗ばかりの次女が、
長女を破って、優勝した。

勝負とは、分からない世界である。

2008年9月30日

恩人の存在

いろいろと手助けをしてもらう、
いろんなものを譲ってもらう、
何かと声をかけてもらう。

そういう人がいるのは、
とてもありがたいことです。

恩人です。

自分が非力な時には、
誰でもいいから、
そんな恩人がいると、
ホントに救われます。

しかし、あとになってみると、
恩人の存在がちょっと心の負担になることも
少なくありません。

その恩人が、
スーッと姿を消してくれたり、
サラっと何でもないように振る舞ってくれると、
心の負担も軽くなりますが...

いついつまでも、
近くにいられると、
何かしらお返ししなくちゃ
いけない気持ちに、
いつも襲われることでしょう。

恩人の助けが必要な時が
過ぎ去ってしまった時に、
その恩人とどう付き合うか、
これは、大きなテーマだと思います。

その恩人がいなければ、
たしかに、あの時は通り抜けることが
出来なかっただろう。

しかし、今は、もう、
恩人の助けがなくても
大丈夫なところまで来た。

それでいながら、
恩着せがましくされると、
なんか、恩を受けたことが
かえって損のようにさえ思う人も
いるかもしれない。

すごく身勝手なことかもしれない、
と分かっていながらも、
そう感じてしまうこともありえる。

恩人がいる時には、
窮屈な気持ちを感じるけれど、
恩人がいなくなると、
心が解放されて、
なんか伸び伸びしていられる。

恩人の助けがいらなくなった時に、
恩人とどう付き合うか。

これって、自分を育ててくれた人と
どう付き合うか、っていうことにも
通じることでしょうね。

大切なことを忘れてしまいそうです。

2008年9月29日

ティッシュの季節

あんまりにも鼻水が出て、
ちょっとめんどくさいなぁ、
と思いながら、

去年の日記をひもといてみると、
やっぱり、同じようなことを感じて、
それを書いているページがある。

見てみれば、
日付は、10月14日。

今年は、2週間ばかり早いんだな...

残暑のおかげで、なんとなく、
長い夏を経験していたような気分だったけれど、
あっという間に、寒くなった感じだ。

しかし、今週は、
また暖かくなってくれる、
という天気予報らしく、
ちょっとは期待している。

とは言っても、やっぱり秋。
朝昼の寒暖の差が激しくて、
ティッシュが欠かせない日々になるかもな。

原油高のせいで、
ティッシュの値段も以前より高いまま。
ちょっとは節約して使おうなんて
思う時もあります。

でも、止まらない鼻水にはかなわず、
ティッシュを引き出しては、
鼻をかみかみ、午前中を過ごしています。

鼻水だけならまだしも、
ツバを飲み込んだ時に感じる、
鼻の奥のツーンとした痛みというか刺激というか、
あれも、イヤなんですよね。

みなさんも、ありません?

夜中なんかには、特に敏感になって、
眠りを妨げられもします。

鼻炎スプレーなんかをやって、
しのぐわけなんですが、
そのスプレーの効き始めが、
また刺激が強くて、ツライ...

うーん、この季節。
あと2週間くらい続くかもしれませんが、
なんとか、乗り越えたいものです。

ファイトだぁ!

2008年9月28日

気まずい答え

お子さんは?

「いません。」

ご両親は?

「亡くなりました。」

お仕事は?

「見つからないのです。」

年齢は?

「教えられるほど若くないです。」

どちらにお住まいですか?

「ホームレスです。」

尋ねる質問のすべてに、
かすりもしない答えばかり返ってくると、
気まずい空気になりますね。

相手のことを知ろうとする質問と、
場を盛り上げる、場をもたせる質問では、
ちょっと違うでしょうけど、
そういう状況が重なると、
何もしゃべられなくなったりもする。

尋ねられた方も、なんか、
イヤなことばかり尋ねる人だなぁ、
と思っているかもしれない。

たしかに、
初対面で聞いちゃいけない質問も
あるかもしれないけれど、
基本的なこととして尋ねないと、
相手と近づいた気になれない場合もあるだろう。

そこらへんの使い分け、
相手の様子の見方、
感じられるようになりたいものです。

わたし、時々、
聞いちゃいけない質問を
どうしても尋ねたくなることがありますからね。
単純な好奇心だけでしょうが...